どくたーすらんぷ あまのさん

医学という特異な世界にどっぷり入り込んだあまのの日常

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戦中派の方々

最近は某局朝ドラの「おひさま」を奥様と二人で楽しく見ております。
その前の「ゲゲゲの女房」もそうですが、やはりいわゆる戦中派の世代のお話は非常にドラマチックで面白いですね。
間にもう一つ朝ドラがあった気がしますが、マア気にしない。

やはり現代が舞台のものより、この時代が舞台の方が色々と盛り上げやすい感じがします。
時代により生活がもの凄く変わりながら、今の時代との関連が強い所がポイントか。

ちなみに戦中派とは、第二次大戦の時に10代~20代位だった方々です。
子どもの頃、イケイケムードの日本を過ごし、青年期に戦争にかり出され、
働き盛りに焼け野原に戻ってきて、もの凄く働きまくった世代です。
あまののような団塊ジュニアからすると祖父、祖母世代であります。

あまのの父方の祖父は自動車整備工。
メカニックとして働いていた所、赤紙が来て満州にかり出されました。
んで、弾丸がぴゅんぴゅん飛んでくる所で故障した自動車の修理をしていたそうです。

赤紙が来た時には、とても怖かった、もの凄く行きたくなかったが、しょうがなかった。
という話を覚えております。
戦後、帰国してからは貴重な手に職を持った人材としてもの凄い勢いで働きまくり、
部下からは「鬼軍曹」と呼ばれたとか。

対して、母方の祖父は海軍。
母親曰く、美男子だったため、海軍のお偉いさんおつきの秘書をずっとやっていて
戦争が終わった後、いつも部下を殴っていた海軍のお偉いさんが部下に袋だたきにされていたが、
祖父は部下を殴らなかったため、復讐されずにはすんだとか。

あまのは母方の祖父母と一緒に暮らしていたのですが、
家では「金曜の夜はカレー、日曜昼は焼きそば、、」等々の一部固定のメニューがありました。
子どもの頃からだったので疑問には思わなかったのですが、実は元海軍の祖父の影響だったようです。
海軍ではずっと船の上のため、曜日感覚を失わないように固定メニューにしてあったそうです。
こんな事を考えたりすると、やはり「あの時代」と今は地続きなのだなあとしみじみ感じます。

現代における日本社会がめまぐるしく変わっている、とは言えども、
「あの時代」ほどこの国の国民生活や個々人の人生が凄い勢いで変わっているとは言い難いと考えます。
そんな時代を通り抜けた方々のお話を聞くのは、面白いなあと感じます。
同時に、戦中派世代の方々が今どんどん亡くなっていくのは、何だか寂しい感じもします。
そんな背景の中で戦中派世代の朝ドラの人気が上がっているのかなあなんて考えたりしました。

と言うわけで(どういうわけだ)、
先月自衛官のやぎーさんからメールフォームを頂いていたのでちぇけら

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やぎーです、あまのさん御無事でしょうか?
こっちは被災地行って仕事してました、今は休暇で強制的にお休み中です。
また月末あたりに現地行って仕事してきます、そちらもどうか元気に頑張ってください。
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あまのは実は東日本大震災当日、わざわざ北海道から栃木県に移動して震度6強の被災を受けてきましたが
現在は申し訳ないくらいに無事です。

頂いたメールのタイミングから想像するに、今頃は現地で頑張ってお仕事をされている訳ですね。
やぎーさんをはじめ、自衛隊の方々は本当にお疲れ様です。
もの凄く過酷な環境だと思いますが、お体をこわさぬよう、元気に頑張ってくださいませ!
  1. 2011/05/18(水) 13:28:33|
  2. あまの日常


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